■ 021 黍生/旧足助町 ■

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この地図は,国土地理院長の承認を得て,同院発行の数値地図50000(地図画像),数値地図25000(地図画像)及び電子地形図25000を複製したものである。(承認番号 平26情復、第48号)
この地図を第三者がさらに複製する場合には,国土地理院の長の承認を得ることが必要です。
黍生は足助七城のひとつ,黍生城址の山。
豊田方面からの国道153号と,岡崎・松平方面からの県道39号が合流する追分の交差点の真北にある山です。
城址そのものはあまり残っていませんが,山頂の巨石と展望のよさから,山歩きの人たちからお城マニアまでけっこう好まれる低山といえるでしょう。

車は,せきづか接骨院脇の急坂を登りきった広場()に停めましたが,ここでいいのかちょっと不安。
(大体の人はここに停めるみたいではある)

土管に書かれた標識どおりに登っていくと,まもなく最初の送電鉄塔No1に出ます。眼下に今車で抜けてきた町並み。
そこから5分ほどで巨石の水場(No2)。
さらに登るとNo3で地図にない林道に出ますが,左に10mほど歩くとすぐに登山道取付きがありますのでここから入ります。
最後の急登を登り切れば,そこはだだっ広い山頂城址です。

下りは,二つ岩(No4)の脇を真東へ進みます。
林道(No5)を横切り,登り返した小ピークから先は落ち葉の下り。

二つ目の鉄塔(No6)を過ぎ,竹やぶを越え,No7で墓地へ出ると足助の町が目の前,墓地下の分岐は右へ。
斜面に沿って踏み分け道を南西に進み,適当なところで国道に出ます。(交通量が多いので,犬連れ要注意・・・川側の歩道を歩きたいが,道路横断も危険ですので気をつけたい)

ほんの100mほどで因超寺,すぐのNo8「あいちJA」の横から棚田のある山斜面に進み,上部の西方面の峠(猪よけ扉あり)を越えると,駐車した広場は目の前です。
登山道は前回(2004)より整備されておりました。

  
鉄塔1 No1 最初の送電鉄塔から南方向。

眼下に追分の街が見えます。
正面の山は,沢ノ堂付近の峰でしょうか?
(そこもなかなか面白い場所です)
御殿山 No2 巨石の下に流れ出る水場。

なかなかの大きさです。
ルート上には他にもいくつか巨石が目に付きます。
何らかの名称があるのか?
林道 No3 いったん林道に出ます。

この案内どおりに左へ進むとすぐ,右側斜面に登り口が現われます。(画像の右カーブの陰)
西展望 そして最後の急登を上れば黍生山頂。(拡大可)
本丸にしては広すぎるほどの平地であり,きれいに整備されています。
全方位視界良好。(これは西方向)
伊吹山から恵那山,御嶽,南アルプスまで見える。
下り鉄塔
No4 山頂東端の二つ並んだ巨石。

まるで双子のように並んでいます。
何故かここには真新しい登頂記念の標柱が立っています。
城址の遺跡は堀切程度ですが,かつて武田軍侵攻のおり,この城のしゃくやく姫が中金方面まで逃げて井戸に身を投げたという伝説があるようです。
(石野の「しゃくやく姫塚」)
下り鉄塔
No5 林道から小ピークへ登る。

山頂の二つ岩から東へ下ると林道に出ますので,横切ってそのまま正面へ登り返します。
この小ピークからあとは尾根を下るのみ。

林道で下ったこともありますが(2004),それでも無事に足助新橋に着きます。(ただしすべて舗装路)
鉄塔2 No6 下りの途上にある送電鉄塔。

この前後はずっと落ち葉の尾根道です。
下ってきた最後にある墓地。(No7)
よく掃除されていますが,何故かちいさな鯉のぼりがありました。この下で道は三叉路になります。

左へ下ればすぐR153,斜面を巻くように南へ歩けば,住宅地を抜け,追分の因超寺付近でR153に降ります。
降りずに住宅地を直進して峠越えする道(地図の緑線)もありそうですが,いずれ確認してUPするつもり。

2010.01.18UP ■戻る■
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