■ 余談34 ついに出版された「愛知の行者さま」 ■

愛知の行者さま 低山・里山歩きとはいえ目的地の情報・地図は必携で,参考とさせてもらうのに今やネットはかかせません。
あちこち検索しては目的地を決めるとき,今までさんざんお世話になったのが「愛知の行者さま」というサイトです。
愛知県内にあるほぼすべての役行者像(約680体)と関連の神社やお祭りを訪ねた記録です。
これだけのフィールドワークを実質10年そこそこの間で成し遂げてしまう(仕事しつつ)というのは驚異的です。
著者のholdenさんは以前にも「愛知アルプス山行記」という県内の山を網羅した登山サイトを作成されており、いまはなきその山リストをもとに県内数多くの里山に出かけたものです。

その「愛知の行者さま」の数ある個性的な役行者像の中から,約一割を選んで紹介する本が出版されました。
題名もそのままズバリ「愛知の行者さま」です。(B6版160P Amazone)
県内の地域別の行者さまデータとともに,代表的な像(約70体)についての紹介が載っています。
行者像は一部を除いて基本的にモノクロ(予算の限りもあることだし)ですが,その魅力はわかる人にはわかるのでは?
短い紹介文ではもったいないほどの時間を掛けて,わずかな手がかりを頼りに何度も聞き込み,山に分け入りまた出直すという繰り返しで見つかった行者さまの数々ですが,最後に載っている参考文献の多さがその背後にある苦労を想像させます。
(でもその行者さま探索は,たっぷり楽しめたハズです・・・そうでなければこの本は出なかったでしょうね)

私もこの本に載っている行者さまをあちこち訪ねていますので,解説を読むと探訪時の雰囲気と見つけた時の充実感を思い出します。
掲載されたうちの印象に残る山中の行者さまを,ここにいくつか再掲載してみたいと思います。(画像はすべて私の探訪時のもの)
marisiten.JPGまず左は稲武の摩利支天(P78)の全体を撮ったもの。
鳥居から参道(の痕跡)を登って,祠と行者さまのある場所を見上げた画像です。
このときは暗い山林で,薄霧を背後にした真っ黒な岩塊が見え,なにやら霊気(?)を感じてぞくっとしました。
marisiten2.JPG 右はその祠の背後に登って行者さまを撮ったもの。
中央の岩の上に行者さまが見えますが,なかなか強烈な場所でした。

ここに限らず,山中の行者さまは往々にしてとんでもない所にあります。
修験道の祖ですから当たり前なんですが,まったく道の消えた対岸の岩壁中腹(P71)や,奥深い山中の巨大な岩(P113)に祭られているのを見たりすると,その信仰パワーはとてつもないものだと思います。
街中の寺や神社の行者さまは,それはそれで趣があるし,交通手段など山とは違った困難もあるのですが,もはや地元の人すら通らない山道を捜し歩くと,ときに遭難の危険さえ感じます。
「愛知アルプス山行記」で経験を重ねたholdenさんだから発見し得たという像が,ここにはたくさん載っているのです。

gyojayama.JPG左は豊川市千両の,山の名前も行者山という地の行者さま。(P138)
ふもとの猪の足跡だらけのゲートから閉鎖された林道をたどり,送電鉄塔巡視路からさらに登った岩山のピークにあり,文句なしの絶景地です。
尾籠岩山の行者さま(P100)に似たやさしい顔つきの行者さまが,何故か首に小銭を掛けて自然石を積んだ祠に座っています。
今も地元の方が年一度参詣されるそうですが,いつまで続くかはなんとも微妙なところ。
私は,ここからさらに登って尾根伝いに観音山(画像の背後に見えている)まで行こうと企てましたが,すごい藪コギで挫折しています。(070 観音山北部ルートで挫折


sinmine.JPG 右の画像は,旧額田の新峯山の行者さま。(P89)
おおだ山から新峯山を経て新嶽山へ向かう縦走路は短いながらとても印象的な道です。
このルート自体 「愛知アルプス山行記」内の”私の散歩道”(残念ながらもう見られません)で教えてもらったのですが, その新峯山の岩場に祭られる,この前鬼後鬼を従えた行者さまも修験道の雰囲気たっぷりです。
それまでも行者さまを目にしてはいましたが,この地の行者さまの印象が強くて,あとあとまで続く行者さま探訪のもとになりました。
おおだ山〜新峯山〜新嶽山縦走は最近知られてきましたが,この場に気付かずに通り過ぎる人も多いようです。それはそれでいいのかもしれません。(石像の安全のためには)

komasan.JPG左もそんな忘れられた石像のひとつで,
旧旭町の駒山にある小馬寺参道の行者さま。(P66)
登山ガイド「愛知の130山」に載っている駒山ですが,訪れる人は少なく,その参道にあるこの石像に気付く人はさらに少ないようです。(ダム湖の墓地から登る逆コースでないと見落とす可能性大)
中根洋治氏の「愛知発巨石信仰」に載っていた巨石と石像でもあります。

矢作ダムが出来たことにより,この牛地一帯の集落は移転し祀る人も絶え,この岩の存在自体がダムに沈んでいるのでは?と疑われたのですが,人知れず存在していた像の再発見です。
巨大な笠状の岩に守られているせいか,たいへんきれいな石像でして,holdenさんによればこの半跏像という形は県内に2例しか見られない珍しいものだそうです。

ここに限らず,今なお山中で不明の行者さまもあるし,本に掲載されたものの祀る人なく忘れ去られて石に戻る運命の行者さまもあります。街中でも区画整理等で消え去った行者さまもいるし,一方で寺社等で偶然に見つかる行者さまもまだあります。また最近の”売れるものならなんでも”というとんでもない風潮で持ち去られた行者さまもあります。
要するに役行者といえども時代の流れと無縁ではないのでしょうね。
本にはこのさきの続編(?)を伺わせる記述もあるので,予算が許せば次の著作を拝見することが出来るかもしれません。
2015.9.16UP
追記:2018年7月、約800体を載せた「愛知の行者さま 資料編」刊行(余談40)、さらに新たな行者様がネット上にはUPされ続けています。

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